大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

神戸地方裁判所 平成元年(行ウ)13号 判決 1989年9月11日

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一  申立

(原告)

一  被告が平成元年三月一四日付をもって原告に対してなした自動車運転免許の中型二輪に限るとの条件の付加は無効であることを確認する。

二  訴訟費用は、被告の負担とする。との判決。

(被告)

本案前の申立

一  原告の請求を却下する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。との判決。

本案に対する申立

主文同旨の判決。

第二  主張

(原告)

[請求原因]

一 原告は、昭和六一年三月一一日愛知県公安委員会から自動二輪車第一種運転免許証(免許証番号 六二八〇〇四〇七六一九〇号、以下「本件免許証」という。)の交付を受けたが、この免許証の「免許の条件等」欄には、何ら限定条件は記載されていなかった。

二 原告は、平成元年三月一四日、西宮警察署において免許証の更新手続をしたところ、新たに交付する免許証には「中型二輪に限る」との限定条件が付加された。

三 右条件の付加は、重大かつ明白な瑕疵があるから、無効である。

道路交通法(以下「道交法」という。)九三条二項は、免許を受けた者に、同法九一条等の規定により免許に条件を付したときは、交付する免許証に当該条件に係る事項を記載しなければならないと規定しているところ、右のとおり本件免許証には条件の記載はなかった。

道交法九一条所定の自動車等の種類を限定する条件は、運転免許という行政処分の附款であり、運転免許により本来限定なく運転することが一般的に許可されているのを特に道路における危険防止等の必要性がある場合に一部制限するものである。すなわち、運転免許の制度は、本来自由である運転行為を行政上の目的から一般的に禁止し、それを個別の運転免許により解除するもので、「免許の条件」は、解除により自由となった行為をさらに改めて制限するものである。このような行政処分の附款はできるかぎり限定的に解釈され、かつ行政機関の行為は厳格に法的評価されるべきである。

よって、一旦、自動車等の種類を限定する「免許の条件」を解除し、制限を付さずに運転免許証を交付した場合に、改めて条件を付するには、国民の権利、自由を制限するに足るだけの合理的根拠を必要とするところ、原告は既成事実として限定のない自動二輪免許証を交付され、しばしば大型二輪車も運転し、事故を起こさず、交通法規の違反もないのであるから、運転免許の更新にあたり、被告が免許の条件を付し、運転することができる自動二輪車の範囲を制限するには、その具体的必要性が存在しなければならない。しかるに、被告は、なんら必要性を示すことなく、かつその必要もないのに、今回の更新にあたり一方的に条件を付した。

仮に、以前の更新の際に免許証に条件を記載すべきところを事務上の誤りで記載しなかったとしても、右のような実績からして、免許に条件を付す必要性はない。

被告は、原告に対する解除処分に瑕疵があったので、職権で取り消されるべきものである、と主張するが、そうであれば、原告が六二年一二月一六日西宮警察署で住所変更の手続のため免許証を提示した際に、被告は免許証に「免許の条件」の記載がないことを確認しているのであるから、その時点で、本件免許証の提出を求め、補正等の措置をとるべきであった。

(被告)

[原告の運転免許取得等の経緯]

一 原告は、昭和五五年一一月五日総排気量〇・四〇〇リットル以下の自動二輪車(以下「中型二輪車」という。)に限り運転することができる二輪免許(以下「中型限定二輪免許」という。)を取得した。これは、道交法九一条に基づき運転することができる自動車等(本件では自動二輪車)の種類を限定したものであるが、右の限定の根拠は、道路交通法施行規則(以下「道交法施行規則」という。)が自動二輪車免許(道交法八四条三項、八五条一項参照。以下「二輪免許」という。)を、中型限定二輪免許、総排気量〇・一二五リットル以下の自動二輪車(以下「小型二輪車」という。)に限り運転することができる二輪免許(以下「小型限定二輪免許」という。)及び運転することができる自動二輪車の総排気量に右のような制限のない二輪免許(以下仮に「大型二輪免許」という。)の三種類に分類していることに求められる(同規則二四条参照)。

二 道交法九一条に基づき運転することができる自動車等の種類を限定された者がその限定の解除を受けるには、公安委員会に対し、限定解除の審査を申請することを要し、同委員会がこの申請を認めれば、右限定が解除される(道交法一一二条二項、同施行規則一八条の二)ところ、同委員会は、右限定解除審査において、技能審査を実施している。すなわち、本件のように中型限定二輪免許を有する者から限定解除申請がなされた場合は、道交法施行規則二四条所定の大型二輪免許の技能試験と同一の方法、内容による技能審査を行い、右技能試験の合格基準と同一の基準によって当該申請人が総排気量〇・四〇〇リットルを超える自動二輪車を安全に運転するに足る技能を有するか否かを審査し、右技能を有することが確認された場合にのみ限定解除をするものである。原告は、昭和五五年一一月五日、中型限定二輪免許を取得して以来現在に至るまで右限定の解除申請をしていない(警察庁情報管理センターが保管する原告の免許原票には、「自二車は中型二輪に限る」との道交法九一条に基づく条件が付されたままで、右条件による限定を解除した記録はない。)。

三 原告が昭和六一年三月一一日運転免許証の有効期間の更新(以下「前回更新」という。)手続をした際、原告に交付された運転免許証には、原告が主張するとおり、「免許の条件等」欄に、「中型二輪車に限る」旨の条件が記載されていない。その間の事情は次のとおりである。

原告は、昭和六一年三月一一日、愛知県豊田警察署において運転免許証の有効期間の更新を申請した。その際、原告は運転免許証更新申請書の「免許の条件」欄に「自二車は中型二輪に限る」と記載したが、同署の免許事務担当者は、原告の写真撮影をする際、免許証台紙の「免許の条件等」欄に「自二車は中型二輪に限る」というゴム印を押捺すべきであったところ、これをしないまま写真撮影したため、右条件等欄の空白となった運転免許証が作成され、原告に交付された。

かくして、「免許の条件等」欄が空白となった免許証を原告に交付したものであるが、更新の際、原告が提出した運転免許証更新申請書の「免許の条件」欄には「自二車は中型二輪に限る」と記載されていたことからして、原告の自動二輪免許には「自二車は中型二輪に限る」との条件が付されていることは、原告自身了知していたのである。

四 その後、原告は平成元年三月一四日、右免許証の有効期間更新(以下これを「本件更新」という。)の手続をしたが、その際、被告は、原告の免許原票に基づき、新たな免許証の条件欄に「中型二輪に限る」と記載したものである(以下これを「本件条件」という。)。

[本案前の主張]

原告が本件において無効確認を求める「自動二輪免許の『中型二輪に限る』との条件付加処分」なるものは、行政事件訴訟法にいう処分性を有しない。前記のとおり、本来原告の自動二輪は中型限定二輪免許であったが、前回更新の際、たまたま更新した免許証に中型二輪車に限り運転することができる旨の記載が欠落したにすぎないのであるから、右記載事項の欠落によって、原告の有する自動二輪免許の内容は何ら変更されず、依然、限定二輪免許であった。したがって、被告が、本件更新に際し、本件条件を付したこと、すなわち、具体的には原告の免許証に「中型二輪車に限る」旨記載し、またその旨原告に告げたことは、いずれも、原告の免許の内容を変更するものではなく、右免許証の記載不備を補正し、また補正する旨告知した事実行為にすぎない。よって、原告のいう条件付加なるものは、直接原告の権利義務を形成し、またはその範囲を確定するものではないことは明らかであるから、処分性を有しないというべきである。

よって、本件訴えは、無効確認訴訟の対象となり得ない処分性の存しない行政庁の措置ないし行為を対象とするものであるから不適法である。

[請求原因に対する認否]

一、二項は認め、三項は争う。

[被告の主張]

前回更新の際、運転することができる自動二輪車の種類を中型二輪車に限定する旨の条件を解除する処分がなされたと解する余地がありうるとしても、右条件解除処分には瑕疵が存することが明らかである。すなわち、前記のとおり、運転することができる自動車等の種類の限定条件を解除するには、当該免許保有者からの限定解除申請を受けてなされる公安委員会の審査を経ることが必要であるのみならず、決定解除により新たに運転することができる種類の自動車等についての所定の技能審査に合格するか、または指定自動車教習所において技能検定に合格して、卒業証明書を取得することを要する。しかるに、原告は、前回更新時までに右限定解除申請をしなかったし(したがって、公安委員会の審査もなされていない。)、右技能審査に合格し、或いは右卒業証明書を取得した記録もない。したがって、右条件解除処分は、手続要件及び実体要件の双方を欠く瑕疵ある処分といわねばならない(なお、理論上、職権による条件解除処分の成立を観念しうるとしても、右のとおり実体要件を欠く以上、やはり右条件解除処分に瑕疵が存することは明らかである。)。

被告が、本件更新の際、本件条件を付したのは、右の瑕疵ある条件解除処分を職権で取り消し、その結果、原告の免許の内容を本来の中型限定二輪免許としたものと解すべきであるから(すなわち、本件の条件付加の実体は、右職権取消処分であり、新たな条件付加処分ではない。)、本件条件の付加という形式でなされた右職権取消しに何ら違法な点はなく、もちろん重大かつ明白な瑕疵など全く存しない。

第三 証拠<省略>

理由

一  原告が昭和六一年三月一一日愛知県公安委員会から交付を受けた本件免許証には「免許の条件等」欄に何らの記載がなかったが、原告の免許の更新手続に基づき、西宮警察署において被告が作成した運転免許証の「免許の条件等」欄には「中型二輪車に限る」と記載されていることは、当事者間に争いがない。

<証拠>によれば、原告は、昭和五五年一一月五日静岡県公安委員会から自動二輪車の運転免許を受けたが、この免許には道交法九一条に基づき「中型二輪車に限る」との条件が付され、この時原告が交付を受けた運転免許証にはその条件欄に「自二車は中型二輪に限る」との記載があったこと、原告は、昭和六一年三月一一日愛知県豊田警察署において更新手続をし、その際に提出した運転免許証更新申請書の免許の条件欄には「自二車は中型二輪に限る」と記載していたにもかかわらず、同署の事務担当者が誤ってその旨の記載のない免許証(本件免許証)を原告に交付したことが認められる。

ところで、取得した免許に道交法九一条による条件が付され、運転することができる自動車(本件では二輪車)の種類が限定されていた者が、その限定の解除を受けるには、道交法一一二条二項、同施行規則一八条の二により、公安委員会に解除審査を申請し、同委員会が申請を認めることが必要であるところ、原告がこの解除を申請し、公安委員会の審査を受けたことは、原告の主張立証しないところである。

二  道交法九二条一項に「免許は、運転免許証を交付して行なう。」と規定し、同法九三条二項に「免許に付されている条件を変更したときは、その者の免許証に当該条件に係る事項を記載しなければならない。」と規定していることに鑑み、原告が右のとおり条件の付されていない運転免許証の交付を受けた以上、ここに被告による条件解除処分がなされ、今回の更新に際し、条件を記載したのは、右条件解除処分の取消しという新たな処分をしたものと解さざるを得ない。

三  しかし、行政庁が一旦処分をしたのちに、それが違法であることが判明した場合に、当該処分を放置しておくことが著しく不当であるときは、処分庁はこれを職権で取り消すことができると解するのを相当とする。

これを本件についてみるに、前記のとおり、運転することができる自動車等の種類を限定された者が、その限定の解除を受けるには公安委員会の限定解除の審査を受け、その承認を要し、この解除審査には技能の審査が課せられていること(道交法施行規則二四条)に鑑みると、原告の受けた前記条件解除処分をそのまま放置しておくことは著しく不当と言うほかないから、被告はこれを職権で取り消すことができ、その一形式として、今回の更新に際し、新たな免許証に右条件を付加する処分をすることもできるというべきである。

原告は、これまで大型二輪車を運転していたが、事故、交通法規違反がなかったので条件解除処分は相当でないとか、被告が前回の更新の際に交付した運転免許証の記載の誤りに気付きながら、そのまま放置したのは、条件を付さないことにしたと解されると主張するが、条件解除の右のような要件に鑑み採用することができない。

四  そうすると、被告が本件処分をなしたことに違法な点はなく、ほかに本件処分を違法とするに足る事由の主張立証はないから、本件請求は理由がない。よって、これを棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 林 泰民 裁判官 岡部崇明 裁判官 井上 薫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例